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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21055号 決定 1999年10月15日

債権者

甲野太郎

右債権者代理人弁護士

清見榮

宮川泰彦

則武透

堀浩介

債務者

株式会社セガ・エンタープライゼス

右代表者代表取締役

大川功

右債務者代理人弁護士

田中克郎

千葉尚路

森﨑博之

五十嵐敦

菊田行紘

藤井基

加畑直之

小林卓泰

大石篤史

主文

一  債務者は、債権者に対し、金二六万七五二〇円及び平成一一年一〇月から平成一二年八月まで毎月二五日限り、金二六万七五二〇円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てをいずれも却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  債権者が平成一一年四月一日以降、債務者のCS品質保証部ソフト検査課に所属する従業員としての地位を有することを仮に確認する。

二  債務者が債権者に対し、平成一〇年一二月一〇日付けでしたパソナルームに移動する旨の業務命令は無効であることを仮に確認する。

三  債務者は、債権者に対し、平成一一年四月二五日から本案判決確定まで毎月二五日限り、金二六万七五二〇円を仮に支払え。

第二  事案の概要

本件は、債務者に雇用されていた債権者が、CS品質保証ソフト検査課からパソナルームに移動させられた後解雇された事案であるところ、債権者はパソナルームへの異動及び解雇が無効であるとして、債務者のCS品質保証部ソフト検査課所属の従業員としての地位保全及び賃金の仮払いを求めている。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者等

債務者は、業務用娯楽機械・家庭用ゲーム機器の製造販売を業とする株式会社であり、平成一〇年四月時点で、資本金三九一億五三五〇万二五二一円、従業員約三五〇〇名(甲七、乙四六)である。

債権者は、平成二年広島大学大学院社会科学研究科博士課程前期を修了し、同年四月一日、債務者と期限の定めのない雇用契約を締結し、人事部採用課に配属され、同年九月一日から人材開発部教育課、平成三年五月一日から企画制作部企画制作一課、平成五年七月一日から企画制作部企画制作一課の解散に伴い開発業務部国内業務課、平成六年九月一日から組織変更に伴い第二設計部(後に第二開発部と名称変更された。)ソフト設計課、平成九年八月一日からCS品質保証部ソフト検査課にそれぞれ配属された。

2  本件解雇に至る経緯

債権者は、CS品質保証部ソフト検査課に勤務していたが、債務者から、平成一〇年一二月一〇日付け書面(甲三)で、パソナルーム勤務を命じられ、平成一一年一月二六日付け書面(甲四)で、同年三月末日をもって退職するよう勧告を受けた。債権者が債務者からの退職勧告を拒否したところ、債務者は、債権者に対し、同年二月一八日付け書面(甲五)で、就業規則一九条一項二号に該当するとして、同年三月三一日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

3  就業規則(甲六)

第一九条(解雇の手続)

一項 従業員が次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告して解雇する。

一号 精神または身体の障害により業務に堪えないとき。

二号 労働能力が劣り、向上の見込みがないと認めたとき。

三号 会社の経営上やむを得ない事由があるとき。

四号 試用期間中の者で、一四日を経過し前各号に該当する事由があるとき。

五号 その他前各号に準ずる事由があるとき。

(二項以下省略)

4  賃金

債権者は、賃金として、債務者から毎月二五日に二六万七五二〇円(基準内賃金二五万三〇二〇円、家賃補助一万四五〇〇円)を受領している。

二  争点

1  パソナルーム勤務命令の効力

(一) 債務者の主張

パソナルームとは、債務者の人事部に所属する部署であり、従前の所属部署から異動の依頼を受けた従業員が、内部の受入れ部署が決まるまで、あるいは債務者以外への就職口が決まるまで一時的に待機する場所として、設置されたものであり、この部署に所属する者は、新たな受入れ部署や外部就業口を探すための準備を行うものであるところ、債権者について、CS品質保証部ソフト検査課から異動の依頼を受けたので、債権者はパソナルームに異動することになった(辞令(甲三)には「移動」と記載されているが、部署の変更を伴うものであるので、以下「異動」という。)

(二) 債権者の主張

債務者の主張は否認する。

債権者がパソナルーム勤務を、命じられて以降、債務者は、債権者の内部異動、あるいは外部への就職の斡旋など一切行っていない。

パソナルーム勤務命令は、退職勧告に応じない債権者に対し、嫌がらせとして行われたものであり、違法かつ無効である。

2  本件解雇の効力

(一) 債務者の主張

債権者は、もともと協調性がなく、労働能力ないし適格性が欠如していたところ、債務者は、雇用関係を維持しようと務め、社内における様々な部署で債権者を受け入れることができるか否かについて検討し、各部署との面接を行ったが、債権者がこれを拒否する姿勢を取ったり、各部署が到底受け入れがたいとの結論であったため、就業規則一九条一項二号に基づいて、やむをえず本件解雇に至ったもので、本件解雇は有効である。本件解雇の具体的事由は次のとおりである。

(1) 債権者は、平成二年四月に入社し、人事部採用課において、学校訪問の際の書類取り揃え、採用会社説明会のセッティング及び司会等の業務に従事していたが、報告書の遅延、出張旅費の精算の遅れなど規律を遵守しようとせず、自己主張が極端に強く、協調性が全くない上に、仕事に積極的に取り組む姿勢が皆無であった。特に、債務者に対する入社に関して問い合わせをしてくる新卒者に対し、全く親切心が感じられないような電話対応をしたため、新卒者に対して極めて大きなマイナスイメージを与えかねず、債権者の上司が、直接電話対応せざるを得なくなった。また、同年六月ころ、債権者は、役員が札幌に会社説明会に行く際、あらかじめ現地でその準備しておくことを命ぜられていたが、寝坊して乗るべき飛行機に乗り遅れ、東京の空港でたまたま会った当該役員に、その場で帰された。こうした事実から、債務者は、債権者が外部の方々への対応が全くできないと判断せざるを得ず、同年九月人材開発部へ異動することになった。

(2) 人材開発部は、社員教育を行う部署であり、配属後債権者は、教育方法、一般的な業務、新入社員教育カリキュラム作成等について何度も説明を受けたが、業務内容を把握できず、また、積極的に業務を把握しようという努力もしなかった。平成三年二月ころ行われた係長クラスの研修においても、債権者は全く仕事をしない上、研修中の従業員から「あの人は何を頼んでも反抗的な態度を取るのでいない方がよい。」と言われた。また、同年四月に行われた研修では、悪天候のために研修カリキュラムを大幅に変更せざるを得なくなるという事態が生じたところ、上司が債権者に対し、カリキュラムの変更について、講師や受講者に対して説明するよう指示したにもかかわらず、「自分の責任で問題が発生した訳ではないから、やらない。」と傍若無人な態度を取った。そのため、社内研修の関係者からの評判も悪かった。その結果、平成三年五月一日、企画制作部企画制作一課に異動することになった。

(3) 債権者は、企画制作部企画制作一課において、当初ヨーロッパの外注管理を担当したが、大学院においてイギリス史専攻にもかかわらず、英語力がなく、かつ外注先が開発するゲームソフトの内容について理解しようとしなかったため、平成四年八月、三か月前に入社した新入社員と交代せざるをえなかった。その後、国内の外注管理とゲームソフトのバグチェックの両方を担当することになったが、外注先に対して露骨に威圧的な態度を取るため、取引先からの強い要望により平成四年一〇月、外注管理担当から外さざるをえなくなった。

(4) その後、企画制作部企画制作一課が開発業務部国内業務課に移管されるのに伴って、債権者は、国内業務課に配属された。同課は、ゲームソフトの社内での開発業務、外注先との契約書作成及び締結並びにゲームソフトのバグチェックを行う部署であるところ、債権者の担当していた業務は、技術的知識を必要としないゲームソフトのバグチェック、アルバイト掲載記事に関する問い合わせへの電話対応、三、四名のアルバイト従業員の出退勤記録のエクセルへの入力及びそのプリントアウトのみであった。

(5) 平成六年九月一日、債権者は、第二設計部ソフト設計課へ異動した。ここでは、同年一二月から平成七年一月までの間、電気、コンピュータ、債務者の製造品の説明などの技術教育が合計九回行われ、かつ、この技術教育の講義は、文化系大学卒業の従業員も参加しているレベルの内容であったにもかかわらず、債権者には全く向上心がなく、講義の内容を理解しようとせず、こうした技術教育によって債権者の労働能力は全く向上しなかった。

(6) 債権者は、平成九年八月一日、CS品質保証部ソフト検査課に異動したが、従事していた業務は、それまでと同様ゲームソフトのバグチェックとアルバイト従業員の出退勤記録の入力及び出力といった単純作業であった。しかし、債権者の労働能力はあまりにも低く、職場にいること自体が他の従業員のやる気にも影響を与えることから、債務者の人事部に対し、異動先を探して欲しいとの依頼があった。

(7) そこで、債権者の希望に従い開発企画部への異動が可能かどうか検討したが、債権者の協調性の無さが問題となり、異動は実現せず、お客様相談室及び営業企画部商品企画チームへの面接を行ったが不合格となり、アミューズメント施設人事チームへの異動の面接を行ったが、人事の仕事を行う能力はないと判断され、債権者もこれを拒否した。さらに、ソフト推進部のソフトチェック候補として面接を行ったが、やはり不合格となり、債務者内の他の部署への異動は不可能となった。

(8) ところで、債務者は、人事考課規程に従い、三月に昇給の決定、五月に夏季賞与の決定、一一月に冬季賞与の決定のため、一年に合計三回の人事考課を行っており、それにより〇ないし一〇までの一一段階の考課順位がつけられるところ、現実には九、一〇及び〇、一の順位がつくことはない。債権者の人事考課の考課順位は、過去一年間を通じて平均が三点台のままと極めて低く、改善が見られなかった。

(二)  債権者の主張

就業規則一九条一項二号の解雇事由は、極めてあいまいで、判断基準が不明確であり、このような理由で解雇することはそもそも許されない。また、債権者には、同号に該当するような事実もなく、本件解雇は権利の濫用に当たり無効である。

債権者に協調性がなく、労働能力ないし適格性が欠如している、債務者が雇用関係の維持に努めたとの債務者の主張は否認する。債権者は、同僚と協調し、融和に努め、また、業務上の知識の取得や向上の努力をしてきた。これに対し、債務者は、債権者や他の従業員の雇用継続について何らの努力をしていない。

(1) 債務者の主張(1)のうち、平成二年六月ころの札幌での会社説明会の件及び同年九月の異動の事実は認め、その余は否認する。

債務者主張のような事実は存在しない。また、平成二年六月ころの札幌での会社説明会の件も、試用期間中のことであり、その後正式に採用されている以上、その時点で債権者は適格性を認められていたのである。

(2) 債務者の主張(2)のうち、人材開発部への異動の事実は認めるが、その理由は否認する。また、債権者が業務内容を把握できず、積極的に業務を把握しようとしなかったとの事実も否認する。

人材開発部は、当時、新設されたばかりで、上司である部長を除けば、同僚はいなかったが、債権者は、新設の部を立ち上げ、円滑に業務が実施されるように努力した。平成三年二月ころの係長研修については、債権者は、ほとんど同行しておらず、このころは、主として人材開発部での業務と社内での新人研修業務に従事していた。まれに係長研修に同行した折も、債権者は、会場準備業務を命じられた以外は、受講者とともに研修を受けることを命じられており、受講者から何らかの依頼を受けるようなことはなかった。

また、平成三年四月の研修において、カリキュラムが変更になった事実は認めるが、その余は否認する。債権者が変更の説明を拒否したことなどない。

(3) 債務者の主張(3)のうち、債権者が企画制作部企画制作一課において、ヨーロッパの外注管理担当を交代させられた事実は否認する。

債権者は、同部において、ヨーロッパの外注管理を担当させられたことはない。債権者が、ヨーロッパを含む海外向けソフトを担当することはあったが、ヨーロッパ向けのソフト管理を専従して行うよう命じられたことはないし、海外向けソフトの管理であっても、開発会社が国内にあるため、英語力が問題となることはなかった。当時、同部には、主としてヨーロッパとの連絡を行っていた従業員がおり、それで十分であったから、債権者が英語力を必要とされる業務を命じられたことはない。また、企画制作部における債権者の主たる業務は外注管理業務であり、その担当から外された事実はない。

(4) 債務者の主張(4)のうち、国内業務課における債権者の業務内容については否認する。

バグチェックそのものは、それを専従とするアルバイト従業員が行っており、債権者の主たる業務は、雇用契約書の作成を含むアルバイトの採用業務から契約終了までの、出退勤の管理を除く一切の人事に関する業務、作業マニュアル作成や技術教育などのアルバイト教育、バグ発生時の他部署との交渉といった多様な業務であり、また、アルバイト従業員の人数も常時二〇名以上、最高三〇名前後であった。

(5) 債務者の主張(5)のうち、第二設計部ソフト設計課に異動したこと、技術教育が行われたことは認め、その余の事実は否認する。

債権者は、病気によりやむなく欠席した一回を除き、技術教育に参加しており、その終了後能力あるいは知識不足をことさら取り上げた措置を取られたことはない。

(6) 債務者の主張(6)のうち、債権者がCS品質保証部ソフト検査課へ異動したことは認め、その余の事実は否認する。

同課における債権者の主たる業務は、アルバイトの雇用労務管理であり、具体的には、ソフトの検査に従事するアルバイトの技術知識向上・教育並びにISO関連(品質保証の国際規格)の調査、製品に添付する取扱説明書の品質検査などを内容とするものであり、バグチェックではなく、また、債権者の勤務態度が問題とされたこともない。

(7) 債務者の主張(7)のうち、債権者の他部署への異動が実現しなかった理由は否認する。

開発企画部は人員の削減を行っているため無理であると説明されており、最初から異動は検討されていない。アミューズメント施設人事チームでも人員が足りているという理由であり、債権者の能力が問題とされたことはない。お客様相談室では、運転免許を取得している人員を必要としていたところ、債権者は運転免許を取得していなかったため、異動が実現しなかった。また、営業企画部では年齢的な理由で、ソフト推進部も人員の削減を行っているとの理由でそれぞれ異動が実現しなかった。

(8) 債務者の主張(8)は争う。

債権者は、これまで債務者の主張する人事考課を見たこともなければ、その説明を受けたこともなく、その正当性を争う。

また、債権者は、本件解雇に先立って、人事考課における査定結果の低いことが理由であることを知らされず、その具体的な内容の説明も受けていない上、査定基準も抽象的である。このような人事考課の査定結果により解雇が可能であるとすれば、使用者に査定の低い者から順次いつでも解雇していくことを認めることになり、実質的に使用者が全く自由に解雇できることになるもので、このような解雇対象者を選抜していく方法による解雇は許されないというべきである。

さらに、査定結果をみても、債務者は、債権者の査定の平均が三点であると主張するが、平成一〇年昇給時、同年夏季、同年冬季と三点以下の従業員は次第に増加しているところからすれば、それをもって債権者に向上心が欠如しているとの債務者の主張は当たらないし、債権者は、多くの考課項目で、平均的な評価であるC評価を得ており、能力が低いとの債務者の主張は事実ではない。

3  保全の必要性

第三  当裁判所の判断

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実を含む。)

1  債務者の概要(甲七、甲九、乙二〇、乙四六及び審尋の全趣旨)

債務者は、もともと昭和二六年に米国資本で創業され、インスタント写真や駐留軍キャンプでのゲーム機の製造やゲームセンターの運営などを行っていたが、その後、日本娯楽物産株式会社として設立され、業務用娯楽機械の製造を開始し、国内のゲームセンターや観光地のゲームセンターなどで使用される業務用ゲーム機器の製造販売を行うようになり、さらに家庭用のゲーム機器の市場拡大に伴い、昭和五九年にCSKが資本参加した後は、家庭用ゲーム機器の製造販売に算入し、セガサターン、ドリームキャストなどの家庭用ゲーム機器メーカーとしても知られるようになり現在に至っている。

平成一〇年四月時点で、債務者の資本金は、三九一億五三五〇万二五二一円、従業員数約三五〇〇名であり、国内及び海外に多数の営業所を設置している。

2  債権者の担当業務等(甲六、甲九、甲一二ないし甲一五、乙一三、乙一五、乙一六、乙一八ないし乙二〇、乙三二、乙三四、乙五一、乙五六、乙五八、乙六〇、乙六二、乙七二、乙七四、審尋の全趣旨)

(一) 債権者は、平成二年三月、広島大学大学院社会科学研究科博士課程前期を修了し、同年四月一日、試用期間を三か月として債務者に入社し、同年七月一日、正式採用された。なお、債権者の同大学院での専攻はイギリス史であった。

債権者は、債務者に入社すると、人事部採用課の配属となり、採用事務に従事した。具体的には、学校訪問の際の書類の取り揃え、会社説明会の会場セッティング及び司会、第一次面接などであった。この間の平成二年六月、債務者の役員が札幌に会社説明会に行く際、債権者はあらかじめ現地でその準備しておくことを命じられていたにもかかわらず、寝過ごして乗るべき飛行機に乗り遅れ、東京の空港でたまたま会った当該役員にその場で帰されたことがあった。

(二) 平成二年九月一日、債権者は、人材開発部人材教育課へ異動した。人材開発部は、社員教育を行う部署であるが、それまで、債務者においては、社員教育に関する業務は人事部の一業務とされていたのを平成二年九月に独立させ、新設されたもので、部員は、志水部長、女子従業員、債権者の三名であり、同年一一月一日、松沢教育係長が着任して四名となった。

債権者は、同課において、係長クラスの研修に同行したのは一回だけで、平成三年二月ころから、同年二月入社予定の学卒者三一〇名に対する研修のための場所の設定、バスの手配、人員名簿の作成、部屋割り、カリキュラム作成の補助的業務に従事するようになり、同年四月一日から長野県志賀高原で実施された三泊四日の学卒者の研修に同行もした。ところが、研修開始当日、悪天候のため、志賀高原への到着が遅れ、研修のカリキュラムが大幅に変更される事態となり、トレーナーから苦情が出たりしたことがあったが、債権者は、トレーナーや受講者に対するカリキュラム変更の説明を行うなど研修を円滑に進行させるための業務を的確に行えなかったため、松沢係長は、志水部長と相談の上、人材開発部人材教育課では、債権者に代えて新卒者を受け入れることにした。

(なお、この点、債権者は否定するが、債権者もカリキュラムの変更について苦情を受けたことは認めていること、債権者の異動が右研修の直後であることからすると、債権者の陳述書(甲一二)の記載は採用できず、右のとおり認定することができる。)。

(三) 平成三年五月一日、債権者は、企画制作部企画制作一課に異動した。異動当初、債権者はイギリス史専攻ということで、その英語力に期待されていたが、海外との折衝には不十分であったため、同業務は行わず、主として国内の外注管理に従事し、同年七月下旬から同課が解散された平成五年七月まで株式会社ゲームアーツ(以下「ゲームアーツ」という。)を担当していた。

債務者では、ゲームソフトの一部を外注していたため、その外注の開発制作過程の管理が必要であった。具体的には、外注先を訪問して進捗状況を確認したり、督促したり、同時にソフトの検査と評価、バグの検査などの品質管理業務を行っていた。

当時債権者が管理を行っていたソフトの一つである「雀皇登竜門」は、平成五年一〇月に発売されている。しかし、ゲームアーツは、債務者に対し、債権者とはうまくコミュニケーションが取れず、開発に支障があるので、担当者を代えて欲しいとの苦情を述べたため、平成五年七月以降担当者が債権者から大岡良樹に交代した。

(なお、この点、債権者は否定するが、後記のとおり、債権者は平成五年七月から開発業務部国内業務課に所属することになったが、それは、組織変更によるものであったから、債権者が同課で従前と同様の業務に従事することに支障はなかったはずであるにもかかわらず、平成五年七月以降、ゲームアーツの担当者が交代し、債権者は外注管理に従事しなくなったことからすれば、右のとおり認定することができる。)

なお、債権者は、企画制作部企画制作一課に所属していた当時、エルダー社員に指名されていたことがあった。エルダー社員制度は、各部署で指名された先輩社員が、新入社員に業務を指導するというものである。

(四) 平成五年七月一日、企画制作部企画制作一課は解散され、開発業務部国内業務課に移管されたため、債権者は同課の配属となった。債権者の主たる業務は、それまでも一部行っていたアルバイト従業員の雇用事務、労務管理及び品質検査業務であった。具体的には、アルバイト従業員の包括的な指導(実務指導は、個々の担当従業員が行う。)、作業マニュアルの作成及び配布などであった。債権者は、アルバイト従業員の雇用契約書のひな形を作成し、同課でそれを使用していたこともあったが、債務者には統一的な雇用契約書がすでにあり、他部署で債権者が作成したものが使用されたことはない。

平成六年九月一日、債務者の組織変更により、債権者の所属は第二設計部(後に第二開発部と名称変更された。)ソフト設計課の所属となったが担当業務に変更はなかった。同課に所属中の平成六年一二月から平成七年一月までの間、電気、コンピュータ、債務者の製造品の説明などの技術教育が九回行われたところ、債権者は、病気で欠席した一回を除き、すべて出席し、その際実施された試験の結果は平均点前後の得点であった。

(五) 平成九年八月一日、組織変更に伴い、債権者の所属はCS品質保証部ソフト検査課となったが、債権者の担当業務は、それまでと大きな変更はなく、主としてアルバイト従業員の雇用事務、労務管理、業務知識の教育並びに品質検査業務であり、ホームページによる業務知識等を電子文書化し、掲示した。債権者は、他の従業員にフレームワークを作成させた上、ホームページを作成しており、その内容は、主として業務に直接関連するものであったが、一部アルバイト従業員同士の私的なやりとりも含まれていた。ホームページの作成については、債権者は業務命令を受けたわけではなかったものの、上司は、これを知りながら、作業の中止を指示したことはない。もっとも、ホームページは、本件解雇後削除されている。そのほか、同課において、債権者は、一時的に、ソフト検査チームのジェネラルマネージャーが担当していたISO九〇〇二導入に関する文書のファイル等補助的業務を命じられて行っていたことがあった。

3  債務者における人事考課(乙一ないし乙一二、乙四五ないし乙四八)

(一) 債務者においては、人事考課規程(乙八)に従って、役員を除く全従業員を対象として、毎年三月、五月、一一月の合計三回人事考課が実施されている。三月は昇給考課、五月及び一一月は賞与考課であり、一般従業員に対しては、一次考課者は課長(チームマネージャー)であり、二次考課者は部長となっており、最終的には経営会議で決定される。経営会議では、主として部門間の甘辛調整が行われる。

考課項目は、昇給考課の場合、仕事の成果三〇点、能力発揮四五点、執務態度二五点の合計一〇〇点満点で、能力発揮にウエイトが置かれるが、賞与考課では、仕事の成果三〇点、能力発揮三〇点、執務態度四〇点の合計一〇〇点満点で、執務態度にウエイトが置かれる。

具体的には、仕事の成果では、仕事の正確度、会社への貢献度、目標達成度の三項目、能力発揮では、理解力、判断力、企画力、折衝力、指導統率力、実行力の六項目、執務態度では、規律性、企業意識、計画性、協調性、積極性の五項目にそれぞれ分かれており、それぞれにAからEまでの五段階評価及び点数が付される。五段階評価や各項目の点数は、考課者の考課の目安となるもので、従業員に対しては公表されていない。例えば、仕事の正確度でみると、「仕事は大変緻密で、難しい仕事でも出来ばえは非常に優秀で誤りも全くないに等しく、仕事の結果は極めて信頼できた。」に該当すれば、A、五点の評価となり、「仕事は粗雑で仕事の出来ばえも悪く、誤りも多く仕事の結果に信頼が置けなかった。」に該当すれば、E、一点の評価となる。そして、最終的には、その合計点数に応じて、〇から一〇までの一一段階評価が決定され、五が標準とされるが、全体の平均は五以下になるように調整されて経営会議に提出される。

(二) 実際の考課点をみると、九、一〇の評価となることはほとんどなく、平成九年冬季賞与時はいずれもなし、平成一〇年昇給、夏季賞与、冬季賞与時にそれぞれ九評価が一名、一〇評価はいない。

各考課点の従業員の分布割合をみると、五とされた者は、平成九年冬季賞与時が53.1パーセント、平成一〇年昇給時が50.6パーセント、同年夏季賞与時が54.1パーセント、同年冬季賞与時が42.5パーセントとなっている。一方、三以下の評価では、それぞれ4.5パーセント、3.9パーセント、4.4パーセント、7.3パーセントとなっている。

(三) 債権者の考課結果は、平成九年昇給時が四、同年夏季賞与時が三、同年冬季賞与時が四、平成一〇年昇給時が三、同年夏季賞与時が三、同年冬季賞与時が二と評価され、勤怠順位については、平成九年、平成一〇年夏季、冬季ともいずれもAからEまでの五段階評価で最高のAと評価されている。

平成一〇年について、債権者の各項目ごとの評価をみると、概ねC評価であるが、平成一〇年昇給時では判断力(能力発揮)の項目、同年夏季賞与時では会社への貢献度(仕事の成果)の項目、同年冬季賞与時では会社への貢献度及び目標達成度(いずれも仕事の成果)の項目がそれぞれ低くなっている。

4  本件解雇に至る経緯(甲二ないし甲五、甲七、甲九、甲一〇、乙二五ないし乙三〇、乙六六ないし乙七一及び審尋の全趣旨)

(一) 債権者は、CS品質保証部ソフト検査課に勤務していた平成一〇年一一月中旬、上司から「当部には与える仕事はない。社内で仕事を探せ。」と通告された。このような場合、債務者内では、人事部を介して各部署に面接の申入れをして、先方と折り合えばそこに配属されることになる。

そこで、債権者は、お客様相談室、営業企画部商品企画チーム、アミューズメント施設人事チーム、ソフト推進部に面接を申入れ、面接を受けたが、主として「前向きな意欲が感じられない。」などの理由で、結局、異動は実現しなかつた。また、債務者は、債権者の希望に従って開発企画部への異動も検討したが、これも実現しなかった。その後、平成一〇年一二月になって、債務者は債権者に対し、退職勧告をした。

ところで、債権者が第二設計部ソフト検査課に所属していた平成九年三月当時、同部から人事部に対し、債権者の異動依頼があったので、人事部としては、アミューズメント施設の面接をセッティングしたが、債権者は、アミューズメント施設では従来の仕事が活かせず、しかも全国を転勤しなければならないことから、これを拒否したことがあった。また、同時期、債権者は、上司から配置転換の希望を出すように言われ、イギリス現地法人を希望したことがあったが、実現しなかった。

(二) その後、債権者は、平成一〇年一二月一〇日付け書面(甲三)で、パソナルーム勤務を命じられた。パソナルーム勤務に際しては、所属は未定で特定の業務はなく、私物の持込みは禁じられるとともに、みだりに職場を離れない、外出するときは人事部へ電話連絡をするといった条件が付されていた。

パソナルーム勤務は、通常、異動候補者が受入れ先を探しはじめて一か月後に命じられており、これまで九名がパソナルーム勤務となり、そのうち二名がパソナルームから債務者内の部署に異動している。パソナルームは、もと売店であったところの一部で机二脚、いす五脚、ロッカー一台、内線電話一台のみの窓もない部屋であった。

債権者は、担当業務もないまま、パソナルームに勤務していたところ、平成一一年一月二六日付け書面(甲四)で、同年三月末日をもって退職するよう勧告を受けた。しかし、債権者には、退職の意思はなかったため、同月二八日、全日本金属情報機器労働組合大田地域支部セガ・エンタープライゼス分会(以下「組合分会」という。)に入会し、労働条件に関する交渉を組合分会に任せた。

(三) その後、債務者は、債権者に対し、平成一〇年二月一八日付け書面(甲五)で、就業規則一九条一項二号に該当するとして、同年三月三一日をもって解雇する旨の意思表示をした。

債務者は、平成一〇年四月以降の組合分会との交渉の中で、人員削減を行っていくことを表明するとともに、過去一年間の人事考課の平均が三点台の従業員を「ぶら下がり」と称していた。

また、債権者のパソナルーム勤務、本件解雇に関し、債務者は、組合分会との交渉の中で、過去一年間の人事考課の平均が三点であること、札幌の件や協調性がないことなどを理由として述べた。

なお、債務者は、債権者に対し、退職勧告をしたのと同時期、過去一年間の人事考課の平均が三点台である従業員約二〇〇名の中から、各部署で約一三〇名をリストアップし、最終的に債権者を含む五六名に対し、退職勧告をしており、債権者を除く従業員は全員これに応じた。

二  本件解雇の効力

1  まず、債務者の主張する本件解雇事由について検討する。

(一) 債務者は、まず、人事部採用課所属当時、債権者が規律を遵守しようとせず、自己主張が極端に強く、仕事に積極的に取り組む姿勢がないとし、札幌で行われた会社説明会に寝過ごして出席しなかったことを解雇事由として主張し、陳述書(乙一四)にも同趣旨の記載がある。しかし、右陳述書の記載(ただし、札幌の件は除く。)について、債権者はこれを否定する上、その内容は具体性を欠いており、直ちに採用することはできない。

また、債権者が人事部採用課に所属していたのは、入社直後から五か月間であり、札幌の件も含め、そのほとんどが試用期間中である。そして、その間、債権者がその業務遂行態度について、札幌の件を除けば注意や指導を受けた形跡はなく、入社後三か月を経過して債務者に正式に採用されたことからすると、当時労働能力ないし適格性が欠如していたということはできない。

これに対し、債務者は、従来問題のある従業員でも試用期間経過後正式に採用しなかったことはない旨主張し、陳述書(乙一七)には同趣旨に記載もあるが、それは前例がなかったというにすぎず、正式採用しないという措置を採り得たことに変わりなく、また、就業規則一九条一項四号(甲六)によれば、債務者においては、試用期間中の従業員でさえ、解雇する場合があることを想定していることからしても、債権者に労働能力ないし適格性が欠如していたとすれば、債務者としては、解雇あるいは正式採用しないといった方法を取ることができたのである。それにもかかわらず、債務者が債権者を試用期間の経過後、正式に採用していることからすれば、債務者の主張は採用できない。

また、債権者の人材開発部人材教育課への異動についても、債務者に正式採用されてから二か月後のことであることからすると、債権者に労働能力ないし適格性がないことを理由として行われたものであると認めることはできない。

(二) 債務者は、人材開発部人材教育課所属当時、債権者が業務内容を把握できず、把握しようという努力もしなかった旨主張し、陳述書(乙一八)には同趣旨の記載がある。しかし、右陳述書の記載についても、債権者は否定する上、その内容は具体性を欠いており、直ちに採用できない。

また、債務者は、平成三年二月ころの係長クラスの研修における対応を問題にするが、当時、債権者は、すでに学卒者の研修の準備に従事しており、係長クラスの研修には一度しか同行せず、その際も特に研修員から何かを依頼されたことはなかった(前記一2(二)、甲一二、乙一四)というのであるから、研修員から苦情が出たとする陳述書(乙一四)の記載は採用できない。

債務者は、平成三年四月に行われた学卒者の研修において、債権者が受講者に対し、傍若無人な態度を示したため、社内の評判が悪かった旨主張する。松沢課長の陳述書(乙一四)には、松沢課長が債権者に対し、トレーナーや受講者に対するカリキュラム変更の説明を指示したにもかかわらず、債権者がこれを拒否した旨の記載があるが、これを裏付ける疎明はなく、直ちに採用することはできない。しかし、右研修の際、債権者がカリキュラムの変更の説明を行うなどの研修を円滑に進行させるための業務を的確に行えなかったことは前記一2(二)のとおりである。

(三) 債務者は、企画制作部企画制作一課所属当時、債権者には英語力がなかったために平成四年八月に当初担当したヨーロッパの外注管理から外さざるを得なかった旨主張し、陳述書(乙二〇)には同趣旨の記載がある。しかし、債権者は、同課に所属して間もない平成三年七月下旬ころから国内の外注管理に従事し、ゲームアーツを担当していた(前記2(三)、乙一九)ことからすると、右陳述書の記載は直ちに採用できない。もっとも、当時、同課が、海外の外注先とのソフト開発を開始したこと(乙七四)、債権者がイギリス史を専攻していたこと(前記一2(一))からすると、債権者は、その英語力に期待されていたことは推測に難くなく、それにもかかわらず、平成三年七月下旬から国内の外注管理に従事していたことからすれば、債権者に期待されただけの英語力はなく、その結果、海外の外注管理の担当にはならなかったということはできる。そして、債権者がゲームアーツからの苦情により、結局、国内の外注管理業務から外されたことは前記一2(三)のとおりである。

(四) 債務者は、開発業務部国内業務課、第二設計部ソフト設計課、CS品質保証部ソフト検査課における債権者の担当業務は、主として技術的知識を必要としないゲームソフトのバグチェックとアルバイト従業員の出退勤の管理にすぎなかった旨主張する。

そして、各陳述書(乙二一ないし乙二四等)には、債権者の主たる業務がソフトのバグチェックと三ないし四名のアルバイト従業員の出退勤の管理だけであり、いつもぶらぶらしており、さしたる仕事をしている様子はなかった等の記載がある。

しかし、ソフトのバグチェックは、主としてアルバイト従業員の行う業務であったこと(甲一二)、第二設計部ソフト設計課、CS品質保証部ソフト検査課の主たる業務がゲームソフトのバグチェックとハードチェックが一つになったもので、ソフトとハードの整合性チェックであり、単純なソフトのバグチェックではなかったこと(甲一二、乙二一、乙二二)からすると、前掲各陳述書の記載部分は直ちに採用できず、債権者が主としてソフトのバグチェックに従事していたものということはできない。

また、債権者は、開発業務部国内業務課所属当時、作業マニュアルの作成及び配布などアルバイト従業員の包括的な指導や雇用契約書の様式の作成、CS品質保証部ソフト検査課所属当時には、アルバイト従業員向けにホームページを作成するなどしていたほか、補助的な業務とはいえ、ISO九〇〇二導入関連の文書の管理、保管業務なども行っており(前記一2(四)、(五))、その成果はともかく(前記一2(四)、(五)のとおり、債権者の作成した雇用契約書は使用されておらず、本件解雇後ホームページも削除されていることからすると、債権者の業務遂行が債務者によって高く評価されていたとまでいうことはできない。)、債権者の担当業務が単純なアルバイト従業員の出退勤の管理であったということはできない。

さらに、債権者はいつもぶらぶらしていてさしたる仕事をしている様子はなかった旨の記載は、極めて抽象的であり、採用できない。

なお、ホームページの作成について、陳述書(乙二二)には業務違反であるとの記載もあり、債権者が上司の指示によってホームページを作成したものでないことは、前記一2(五)記載のとおりであるが、同課では右ホームページの作成は周知されていたにもかかわらず、債権者の上司がそれを中止させた形跡もないこと(前記一2(五))からすると、業務違反ということはできない。

(五) 債務者は、第二設計部ソフト設計課所属当時、債権者が技術教育を受けたにもかかわらず、債権者には向上心がなく、講義の内容を理解しようとしなかったため、労働能力が向上しなかった旨主張する。

しかし、債務者の主張を裏付けるに足りる疎明はなく、債権者は、病欠した一回を除いてすべて出席し、試験の結果も平均点前後の得点であった(前記一2(四))ことからすると、債務者の主張は採用できない。

2  右のとおり、債権者は、人材開発部人材教育課において、的確な業務遂行ができなかった結果、企画制作部企画制作一課に配置転換させられたこと、同課では、海外の外注管理を担当できる程度の英語力を備えていなかったこと、ゲームアーツから苦情が出て、国内の外注管理業務から外されたこと、アルバイト従業員の雇用事務、労務管理についても高い評価は得られなかったこと、加えて、平成一〇年の債権者の三回の人事考課の結果は、それぞれ三、三、二で、いずれも下位一〇パーセント未満の考課順位であり、債権者のように平均が三であった従業員は、約三五〇〇名の従業員のうち二〇〇名であったこと(前記一3(一)ないし(三))からすると、債務者において、債権者の業務遂行は、平均的な程度に達していなかったというほかない。

人事考課については、債務者内で各従業員へのフィードバックが指示されている(乙三八)にもかかわらず、具体的にどのような方法によって行われていたのか判然とせず(陳述書(乙六一)によっても、「何ができるか、強みは何か」と質問した程度の記載しかなく、債権者の陳述書(甲九、甲一四)には、人事考課の結果やその理由について、上司から説明されたことはない旨の記載がある。)、その点に問題がなかったとはいえなくもないが、正当性がないとする債権者の主張は採用できない。右人事考課は、役員を除く全従業員を対象に行われ、多岐にわたる項目について、複数の考課者によって行われた結果を調整する方式になっており(前記一3(一))、考課項目には抽象的なものもあり、主観の入り込む余地が全くないとはいえないとしても、相当程度に客観性は保たれているというべきであるし、特に債権者について恣意的な査定が行われたことを窺わせるような事情もない。また、債権者は、各考課項目の評価のほとんどがCであったことから、債権者が少なくとも平均以上の評価を得ていたとの主張もするようであるが、右人事考課は、平均が五以下になるように調整されて経営会議に提出されること(前記一3(一))からも明らかなように、絶対評価ではなく、相対評価であることからすれば、C評価の考課項目がほとんどであるからといって、平均以上の評価ということはできないのであって、この点に関する債権者の主張も採用できない。

3  ただ、右のように、債権者が、債務者の従業員として、平均的な水準に達していなかったからといって、直ちに本件解雇が有効となるわけではない。

債務者は、就業規則一九条一項二号「労働能力が劣り、向上の見込みがない」に該当するとして、本件解雇を行っているので、債権者の業務遂行がこれに該当するかどうかについて検討されなければならない(なお、債権者は、このようなあいまいな基準で従業員を解雇することは許されない旨主張するが、本来解雇は自由であり、それが権利の濫用に当たる場合には、解雇が許されないものであると解するのが相当であるところ、こうした観点から考慮すれば、就業規則一九条一項二号の解雇事由も、債務者が従業員を解雇し得る場合を制限する規定であることは明らかであり、必ずしもあいまいであるとはいえず、債権者の主張は採用できない。)。

そこで、就業規則一九条一項各号に規定する解雇事由をみると、「精神又は身体の障害により業務に堪えないとき」、「会社の経営上やむを得ない事由があるとき」など極めて限定的な場合に限られており、そのことからすれば、二号についても、右の事由に匹敵するような場合に限って解雇が有効となると解するのが相当であり、二号に該当するといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないというべきである。

債権者について、検討するに、確かにすでに認定したとおり、平均的な水準に達しているとはいえないし、債務者の従業員の中で下位一〇パーセント未満の考課順位ではある。しかし、すでに述べたように右人事考課は、相対評価であって、絶対評価ではないことからすると、そのことから直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがないとまでいうことはできない。債務者は、債権者に退職を勧告したのと同時期に、やはり考課順位の低かった者の中から債権者を除き五五名に対し退職勧告をし、五五名はこれに応じている(前記一4(三))。このように相対評価を前提として、一定割合の従業員に対する退職勧告を毎年繰り返すとすれば、債務者の従業員の水準が全体として向上することは明らかであるものの、相対的に一〇パーセント未満の下位の考課順位に属する者がいなくなることはありえないのである。したがって、従業員全体の水準が向上しても、債務者は、毎年一定割合の従業員を解雇することが可能となる。しかし、就業規則一九条一項二号にいう「労働能率が劣り、向上の見込みがない」というのは、右のような相対評価を前提とするものと解するのは相当でない。すでに述べたように、他の解雇事由との比較においても、右解雇事由は、極めて限定的に解されなければならないのであって、常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできないからである。

債務者提出にかかる各陳述書(乙一八、乙三五、乙五八、乙六一、乙七五、乙七九等)には、債権者にはやる気がない、積極性がない、意欲がない、あるいは自己中心的である、協調性がない、反抗的な態度である、融通が利かないといった記載がしばしば見受けられるが、これらを裏付ける具体的な事実の指摘はなく、こうした記載は直ちに採用することはできない。

また、学卒者の研修における業務遂行が的確ではなかったために人材開発部人材教育課から異動させられたり、企画制作部制作一課においては、海外の外注管理を担当するだけの英語力がなかったり、国内の外注先から苦情を受けるなど対応が適切でなかった事実はあるものの、企画制作部制作一課に所属当時、エルダー社員に指名されたこともあり(前記一2(三)、なお、債務者は、他の従業員が多忙であり、債権者には、大した担当業務もなかったことから指名されたにすぎず、債権者の能力とは関係ない旨の主張をするが、新入社員の指導は、債務者にとっても重要な事項であることは容易に推測できるところ、労働能力が著しく劣り、向上の見込みもないような従業員にこうした業務を担当させることは、通常考えられず、債務者の主張は採用できない。)、平成四年七月一日に開発業務部国内業務課に配属されて以降、債権者は、一貫してアルバイト従業員の雇用管理に従事してきており、ホームページを作成するなどアルバイトの包括的な指導、教育等に取り組む姿勢も一応見せている。

これらのことからすると、債務者としては、債権者に対し、さらに体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり(実際には、債権者の試験結果が平均点前後であった技術教育を除いては、このような教育、指導が行われた形跡はない。)、いまだ「労働能力が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない。

なお、債務者は、雇用関係を維持すべく努力したが、債権者を受け入れる部署がなかった旨の主張もするが、債権者が面接を受けた部署への異動が実現しなかった主たる理由は債権者に意欲が感じられない(前記一4(一))といった抽象的なものであることからすれば、債務者が雇用関係を維持するための努力をしたものと評価するのは困難である。

したがって、本件解雇は、権利の濫用に該当し、無効である。

三  保全の必要性

前記のとおり、債権者について被保全権利の存することが認められるところ、仮払いの仮処分は、困窮を避けるために緊急かつ暫定的な措置として認められるものであるところから、困窮を避けるために必要な限度で仮払いの必要性が認められるにすぎない。そこで、検討するに、甲九によれば、債権者は、単身で生活しており、債務者から支給される賃金が唯一の収入で、二六万七五二〇円から租税及び社会保険料等を控除した手取額二〇万九九〇四円の賃金の中から家賃七万八〇〇〇円を支出するなどして生計を維持していることが認められる。これらのほか、本件記録上認められる債権者の生活状況や年齢、経歴等を総合考慮すれば、一か月二六万七五二〇円の限度で仮払いの必要性を認めることができるが、その期間としては、時間の経過によって生活状況等は変動を免れないから、平成一一年九月から一年を限度とするのが相当である。

なお、地位保全を求める部分については、賃金の仮払いを認める以上、その必要性について特段の主張及び疎明のない本件においては、これを認めることはできず、また、パソナルーム勤務命令の無効確認を求める部分についても、同様であり、その余の点について判断するまでもなく、必要性がないから、これを認めることはできない。

四  以上の次第で、担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官松井千鶴子)

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